本因坊算砂 VS 初代大橋宗桂(ハイライトは△5五銀)【江戸時代の棋譜並べ#2】

江戸時代の棋譜並べシリーズです。

今回は松本紹尊 VS 初代伊藤宗看で、1637年3月21日に行われた対局です。

約380年前の対局…震えます

後手の初代伊藤宗看は将棋家元である伊藤家の初代ということですが、1618年生まれなので対局当時は19歳と相当若かったようです。

出雲国出身。二世名人大橋宗古 (二代)の娘婿であり、宗古の計らいによって、新しい家元、伊藤家を興す(寛永12年)。このとき、宗看18歳であった。
しかし、その新家元に敵対する本因坊系の棋士は次々に対局を申し込む。宗看はそれらを受けてたち、松本紹尊(寛永14年)などとにいずれも勝ち越し、新家元、伊藤家の権威を確実なものとした。

出典:Wikipedia

一方、先手の松本紹尊はの説明は特にナシw

松本紹尊、どんな地位で何歳でどんな人柄だったのでしょう、、これはもう想像に任せるしかありませんね。

それでは、将棋の方を見てみましょう!

松本紹尊 VS 初代伊藤宗看

本局は割と短手数で終わった将棋ですが、やはり江戸時代特有の差し回しが目立ちますね。

序盤はお互いに歩を付き合い、雁木囲いのような構えになります。

そして中盤、後手の△3七歩という狙いの見えづらい一手に対し、なんと▲3九歩と受ける。

おそらく次の▲2四歩の棒銀の筋を邪魔されたくないという事だったのでしょうけど、、

善悪は別として、こういう手が指せるのはやはりプロだと思いますね。

そして58手目、後手の△5五銀と捨てた手がまた鋭い。

▲同銀は△7七桂不成の両王手で、▲5九玉△6九飛成▲4八玉△8九桂成と進み、後手の攻めが途絶えない。

一方、▲同角ではやはり7七桂不成の両王手から飛車が成り桂馬を取ると、3六桂馬の王手飛車取りや7八の金取などが受からず、後手の攻めが途絶えない。(しかし、本譜よりはこちらの方がまだ戦えたようだ)

かといって、放っておけば△5六銀で明らかに不利なので、▲6五銀としたが、△同飛が単純に駒得なので後手が有利となった。

ちなみにここは、ソフトと同じ読み筋でした。

最後は後手の△3九飛車を見て先手が投了。

ソフトの評価ではまだ1000点くらいの差で、▲6五銀と粘る手があったようだが、さすがに先手のコマ損が大きく勝ち目がない。

やはり△5五銀が素晴らしい一手だったということだ。

松本氏、無念。

本局の解析結果

まぁ、序盤から定石にありませんからね。一致する方がおかしいといえるでしょう。

形勢グラフはこんな感じ。

こうしてみると、まだ逆転圏内にいるようにみえるけど、本譜の投了図を見れば人間の感覚ではもう指す気力すらおきないでしょう。

中盤までは先手が押していましたが、△5五銀から一気に崩れ落ちたという将棋でした。

おわりに

本譜はいかがでしたでしょうか。

約400年も昔の棋譜なので戦型などは全く参考にならないかもしれませんが、手の作り方や受け方などは参考になりますよね。

この時代特有の考え方が垣間見える手も多々あり、面白い棋譜だったと個人的には思います。

ですので、また面白そうな棋譜をみつけたら研究してみますね。それでは~

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